〈情報〉座談会/最賃引き上げ表明は本気か?/経済財政諮問会議の論議

CUNNメール通信   N0.1920 2021年4月5日

●最賃を1,000円以上にと考えているが

 菅首相は3月22日、政府の経済財政諮問会議で、「最低賃金をより早期に全国千円とすることを目指す」と述べていた。この時期に言及した狙いは何だろう。
 最賃の改定審議は通常6月下旬以降。東京五輪で前倒しするにしても早い。秋までには必ずある衆院選挙を意識しているのだろう。結果的に、この時期に最賃引き上げの姿勢を示したことで、強固な反対論の機先を制する形となったのではないか。

昨年は日本商工会議所など中小3団体が4月に、コロナ禍を理由に「凍結」を要請し、当時の安倍首相が追認した。それを受けて中央最低賃金審議会は目安を示さず、結局わずか1円(全国加重平均)の引き上げに終わった。
 そうだった。昨年の春闘では低額ながらベア分は取れていた。零細企業の賃上げ率を示す「第4表」も平均1・2%あった。それなのに最賃は据え置きという理不尽な決着だった。

 諮問会議はどんな議論だったの?
 首相をはじめ重要閣僚が最賃引き上げを前提に発言していた。梶山弘志経済産業相はコロナ後の需要増を見据え「最低賃金を引き上げることができる環境づくりにもしっかり取り組んでいく」、麻生太郎財務相も「地方活性化の観点から、地方における賃金アップを通じて地域間格差を是正することも重要」と述べた。昨年のこの時期、民間議員(企業経営者や学者)だけが最賃引き上げを主張していたのとは対照的だ。

●Dランク雇用にプラス
 最賃の地域間格差が議論されたの? 新たな展開だね。
 民間議員の学者が「地方の最低賃金をボトムアップさせていくため」だとして、興味深い研究データを紹介したんだ。
 どんな?
 内閣府の研究員による「最賃引き上げの中小企業の従業員数・付加価値額・労働生産性への影響に関する分析」という長いタイトルの論文だよ。2005年から17年までの経済指標を基に分析した。日本で最賃引き上げによる雇用への悪影響は見られず、低賃金の多い業種や地方では、逆に雇用が増えたというんだ。特に最賃の低いDランク地域で雇用増の効果が見られたと結論づけている。
C 興味深い分析だね。「最賃を上げると雇用が失われる」という安直な主張は吹き飛ぶ。これを機にデータとエビデンス(根拠)を踏まえた政策決定になるといいな。
 菅首相が「全国平均千円」と表現したことにも注目が集まっている。
 以前からでは?
 従来の表現は「全国加重平均千円」だった。労働者数に応じて1人当たりの平均を出すのが加重平均で、現行は902円。単純平均だと843円となる。前者は大都市部が高い分高めになるが、後者は地方をあまねく上げないと千円にはなかなか到達しない。
 地域間格差を重視しているということか。
 そうだといいが、あえて単純平均のことを言ったのか、真意は不明だ。
 時給格差が最大221円というのは明らかに異常だ。年収差は40万円近くにもなる。地域間格差の解消には、現行の目安制度の見直しは避けられない。運用の見直しか全国一律か。そこはどうなっている?
 ランク区分や最賃審議のあり方を検討する、5年に一度の会議が、もう開かれていてもおかしくない頃合いだ。この会議は公益・労使の全会一致が原則なので、大幅な見直しは難しいのではないか。
 じゃ全国一律?
 全国一律は、経済界と連合が反対。「厚労族」の与党議員も同様だ。自民党には一昨年、最賃全国一元化議連ができた。二階幹事長や派閥領袖が名を連ねているが、党内の私的な会合に過ぎず、賛同議員数は今も公表していない。労働団体では全労連が熱心で、来年の通常国会で法制化を目指している。賛同議員は100人を超え、集会にはこれまで接点がなかった議員の参加が見られるが、大
きな流れにはなっていない。労働界の状況を反映してか、合流後の立憲民主党は態度未定だ。

●「同床異夢」の議論
 それにしても、なぜ政府や、経営側の民間議員が最賃引き上げを言うの?うさんくさいよ。
 そうだね。ある著名な経済アナリストは「正社員のほとんどを非正規労働者にしようとしている。そうするには今の最賃はあまりにも低すぎるからだ」と吐き捨てていた。諮問会議の議論は、非正規労働者の処遇改善を強調しているけど、不安定雇用を増やした労働規制緩和には反省のかけらもない。逆に保護のない「非雇用」の働き方を増やそうとしている。アナリストの懸念通りだ。
 賃金が上がらないことへのいら立ちもあるのではないか。日本は景気が回復局面に入り、政府が旗を振っても、賃金の上がり方が鈍い。経済再生の重石であり、地域衰退の要因でもある。そりゃそうだろう。組合組織率は2割を切り、圧倒的多数の中小企業は未組織なんだから。4割に迫る非正規労働者はほぼ春闘の蚊帳(かや)の外。非正規を増やし、アウトソーシング(外注化)を進め、春闘を骨抜きにし、人件費抑制を長年進めてきたツケが回ってきたといったところだろう。
 最賃引き上げを訴える労働組合とは、「同床異夢」ということか。
 そういう面は否めないね。ただ、今はチャンスでもある。最賃のあり方にこれほどまでに関心が集まることは近年ではなかったのではないか。世論に広く呼びかけ、せめて先進国並みの水準と仕組みにしていくことが求められる。