「なくせるか障害者差別」/学校や職場、商店にも影響/4月から新法施行

CUNNメール通信 2016/3/3  (2016/02/21共同通信)

障害者差別をなくすことを目指す新しい法律「障害者差別解消法」が4月1日に施行される。雇用の法律も合わせて改正され、学校や職場、一般の商店まで広く関係する。

どんな影響があり、何が求められるのか。動き始めた取り組みから探った。

 

設備や接客に合理的配慮/民間にも努力義務

 障害者差別解消法では、例えば「車いす利用者であることを理由に入場を断る」「必要ではないのに介助者の同行を求める」といった対応は「不当な差別的取り扱い」とされ、役所や国公立学校などの公的機関、民間事業者とも禁じられる。

 では、階段しかない施設は車いすの人のためにエレベーターを造らなければいけないのか。そこで登場するのが「合理的配慮」という考え方だ。

 小さな店で費用の面から難しい場合は、相手と話し合い、店員が持ち上げて運ぶという方法でもよい。問題なのは「エレベーターがないから無理」と最初から拒否してしまうこと。過重な負担にならない合理的な方法で配慮することが公的機関には義務付けられ、事業者にも努力義務になる。

 対象となる事業者は交通機関からコンビニ、銀行、ホテル、不動産業など全て。差別を繰り返し、改善が期待できないと判断されると、国から報告を求められ、指導や勧告を受けることになる。

 雇用については、差別解消法と同様の趣旨を盛り込んだ改正障害者雇用促進法が4月1日から施行。事業主には採用や賃金、昇進などでの合理的配慮が、努力義務ではなく法的な義務となる。

 新法を先取りした対応の実例を見てみよう。

 人口約1万4千人の長崎県川棚町。九州でスーパーを展開するマルキョウ(福岡県)の川棚店を利用する町内の男性(79)は、出入り口の重いガラス扉に不便を感じていた。事故で右手首を切断して義手の身には、買い物袋を提げながら押し引きして開閉するのはひと苦労だった。

 長崎県には障害者差別を禁止する条例があり、男性は2年前に県に相談。店側と県が話し合い、予算上の制約から自動ドアは設置できなかったものの、店員が扉の開閉を手伝うようにした。

 店はしばらく後、改修を決断。昨年初め、出入り口2カ所のうち1カ所を自動ドア
に変更した。こうした一連の対応が「合理的配慮」だ。

 「障害者の苦労を理解してもらえた」。男性は快適に買い物できるようになったと喜ぶ。店には手押し車の高齢者の姿もちらほら。井手孝史郎店長(30)は「他のお客さんからも評判がいい。より多くの人が利用しやすくなった」と話す。

 鉄道、タクシー、銀行など、設備のバリアフリー化や接客の改善に既に取り組んでいる業界も多い。映画業界は差別解消法を機に、視聴覚障害の人も映画を楽しめるよう、ITを駆使して音声ガイドや字幕を提供するシステムを順次導入する方針だ。

 

授業はタブレット端末で/高校進学「自分が前例」

 相模原市にある神奈川県立弥栄(やえい)高校。数学の授業で理数科1年の金坂律さん(16)は、タブレット端末iPad(アイパッド)で板書をキーボード入力し、演習問題を解く。学習障害で字を書くことが難しいため、学校が認めた「合理的配慮」の一つだ。

 律さんにとって高校進学は大きな目標だった。小学5年の時、高校受験が可能かを県教育委員会に自ら問い合わせた。「前例がなく答えられない」との返答に「では、自分が前例になろう」と考えた。

 小中学校では特別支援学級に在籍。担当教諭が代わるたびに障害への対応は二転三転し、ストレスから中学では不登校になった。でも、大好きな数学を高校で学びたい。定期試験だけは登校し、パソコン入力での解答を認めてもらった。

 高校入試でもパソコンや口述筆記での解答などが許可され合格。高校は、授業や行事に参加する上で必要な配慮を綿密に保護者と相談した。

 強い感覚過敏があるため、臭いや音から避難する専用の部屋も用意。律さんは「不登校のときに自習は一生分したから、先生から学べる授業が何よりも楽しい」と喜ぶ。

 学校現場の障害者支援は、教員の知識不足などから「特別扱いはできない」と判断されることも多く、ばらつきがあるのが現状だ。文部科学省は昨年、学校での対応指針を通知。障害ごとに実践事例を参照できるようインターネット上にデータベースを公開している。

 弥栄高校で支援を担当する藤元貴嗣教諭(49)は「先入観で判断せず、何を求めているかを尋ね、対応が可能かを考える。できない場合は理由を説明するなど、丁寧なコミュニケーションを心掛けるべきだ」と話す。

 

体調に合わせ、無理なく/特性生かせる仕事を

 働く場での「合理的配慮」とは、体調に合わせた働き方を認め、無理のない労働環境をつくることだ。雇い主と障害者が相互理解を深めれば、特性を生かした仕事をマッチングしやすくなる。

 首都圏在住の双極性障害(そううつ病)の男性(29)は昨年、携帯電話の販売促進を手掛ける「グッド・クルー」(東京)で研修を受け、契約社員に採用された。発達障害のある30代男性、20代男性と3人一組で働く。

 店頭で商品を宣伝する女性の衣装を洗濯し、約50店舗へ配送。パソコンを使い、アルバイトの交通費申請の確認や名刺づくりもこなす。男性は「研修から始めることで無理なく働けている。仕事で感謝されると、自分の存在価値を感じる」。

 従業員50人以上の企業は障害者を2%以上雇うことが法的に義務付けられているが、達成している企業は全体の47%と半分に満たない。

 同社の深川貴志社長(39)は障害者雇用に積極的な企業を見学し、今回初めて障害者を雇った。「一人一人の話をじっくり聞き、特性を生かして働いてもらうことが大事だと分かった」と話す。

 3人とも慣れない人と話すのは苦手だが、きちょうめん。裏方を支える仕事が適任と判断した。体調に配慮して残業は禁止。30代男性の所定労働時間は通常より30分短い7時間半にした。働き続けられそうなら正社員への転換も検討する。

 深川社長が見学した「アイエスエフネットハーモニー」(東京)の大久保卓営業事業部長(46)は「初期の仕事量は健常者の6割が妥当。徐々に負荷を増やす方が安定して働ける」と話している。

 

当事者の視点で考えて

 日本障害者協議会の政策委員長、太田修平さんの話 障害者政策は福祉をいかに充実させるかという観点でこれまで進められてきたが、差別解消法は「差別」という物差しで課題の解決を図ろうという点で画期的だ。一般への周知は遅れているが、徐々に変化が表れてくることを期待したい。

 ただ政府が民間事業者に示した対応指針では、合理的配慮を「本来の業務に付随するものに限られる」としており、なるべく限定的にしようとの意図が透けて見える。私は脳性まひで電動車いすに乗っているが、交通機関などで「安全が保証できない」という建前で利用を拒否される経験をしてきた。事業者は当事者の視点で考えてほしい。

 

 私たちは、不利益を受けた障害者のために独立した裁判外紛争解決の仕組みもつくるよう求めたが、これは実現しておらず、今後の課題だ。